崩壊する医療制度に歯止めをかける!医療立国論 [著]大村昭人

医者が足りない。大都市はともかく、過疎化が進む地方ではとんでもないことになっている。産科のない町も珍しくない。大学病院や大病院では患者があふれている。それにもかかわらず、医者の数は足りている、偏在しているにすぎない、と厚生労働省は言い続ける。数字の上ではそうかもしれないが、地方で医者が足りない事実は変わらない。病人は都会に住めと役人は言いたいのだろうか。

 大村昭人『医療立国論』を読んでハラワタが煮えくり返った。厚労省が言っていること、やろうとしていることはとんでもない。著者は帝京大学前医学部長。アメリカで研修医や大学教員をした経験もあって、海外の医療制度にも通じている。

 医者の数が足りているなんてインチキである。厚労省は医療費はじめ社会保障負担の抑制に必死だが、日本の社会保障負担率はOECD各国のなかで最低レベル。医師や医療従事者の数も極端に少ない。医者や看護師が足りないから、サービスは低下し、医療事故だって増える。「OECD諸国なみの医師数を確保しようとするならば、現在の医師数27万人に加えてさらに十数万人の医師が必要になる」と大村は述べる。

 厚労省がお手本にしているのはレーガンのアメリカ、サッチャーのイギリスのようだが、医療費削減のために市場原理主義を持ち込んだ両国の悲惨な状況も本書に書かれている。それでもイギリスのブレアは医療費を50%増やす政策を発表し、医学部の定員も50%増やしたというから、日本よりもましだ。

 だが、医者不足よりもっと深刻なのは国民皆保険制度の崩壊かもしれない。金持ちは民間保険で、貧乏人は公的保険で、というアメリカは、4700万人もの医療保険未加入者を生んでしまった。儲かるのは保険会社の経営者たちばかりである。規制改革・民間開放推進会議の議長だった宮内義彦オリックス会長らが狙っているのは、日本をこのアメリカ型にすることではないか、と大村は危惧している。
朝日新聞 - 2007/6/19